正義のミカタ 〜I'm a loser〜

正義のミカタ―I’m a loser

正義のミカタ―I’m a loser

読了!
この本といい、公開翌日に観に行った映画HEROといい、
世の中にヒーローが必要なのかと思ったりした。
だっていないもんねそうそうヒーローなんて!
単純な二元論なんかないもんね!
本と直接関係ないけど、正義どうこうって考えたら
幽☆遊☆白書の仙水の
「世の中に善と悪があると信じていたんだ。
戦争も、良い国と悪い国が戦ってると思ってた。
可愛いだろ?」

とこんな感じのセリフが思い出されます。



前にも書いたけど、この本を読み始めたときは
主人公が正義の味方研究部に入部して、
いろんな人といろんな経験しながら強くなっていく、って話なのかなって思ったから、
中盤に間先輩がでてきてそういう話じゃないんだってわかってけっこう戸惑った。


私はすごくつらいいじめにあった経験もないし、
一緒に行動する友達も何人か入るし、
楽しい学生時代を送った経験もあるし、
どうしようもないくらいの家庭の事情を抱えているわけでもないけど
ずっと常に「強者」へのおそれみたいなのは持ってる。
自分はいつでもloserになりうるんだっていう。
きっと私は「そっち側」の人たちに虐げられるんだろうっていう。


比較的平凡で幸せな毎日が、
突然にでもじわじわとでも誰かに冒されていくとして、
そのときの自分には何も出来ない、
出来たとしても焼け石に水みたいになるんだろうなって思う。
どうしようも出来ない自分や家族、弱者である自分が想像できるから。


だから日々のニュースにも結構敏感なんです。
振り込め詐欺の記事を見れば
自分の祖父祖母も被害に遭っちゃうかもって怖くなるし、
犯罪被害者の人たちの怒りや悲しみの声が載ってれば
いつか自分がこういう立場になるかもしれないってやっぱり怖くなるし、
ニュースにならないようなひったくりやカツアゲなんかも被害の程度はどうであれ
そういう目にあった人はちょっとした道を歩くのも恐ろしくなるんだろうなって、
たまに考えすぎて頭がグラグラするくらいにそういう想像が浮かぶんです。
特にトラウマになるくらいなのが、以前書いたこの日記の事件。
別に被害者の方と知り合いだった訳でもなんでもないけど、この事件関連のニュースは目を背けるくらいです。文字通り、頭ぶんってふって顔ごと記事から目をそらします。それくらい。



力なき正義では何も成し遂げられないと言う。
では力がない弱者はどうすれば正義の味方になれるのだろう?
自分のための正義の味方でも、誰かのための正義の味方でも。
なりふりかまわずボロボロになりながらも立ち向かっていけばいいのか?


この「正義のミカタ」の主人公は、自分なりにその答えを見つけるんです。




余談ですが、最後の電車の中でのおばあさん、
席譲られたんなら素直にありがとうってお礼言って座りましょうよ(^^;)
譲ってくれた人を立てる意味でもさ。
なかなかエンリョしちゃうけど、行為に素直に甘えるのも大事だと思うんだよなあ。
私は飲食店ホールでバイトしてますが、
お茶やお冷やの注ぎ足し頼むのにも萎縮というか必要以上に遠慮するお客さんがたまにいるんですよ。特に年配の方。
こっちは仕事なんだからお茶お冷やくらいいくらでも注ぎますよー!!
遠慮や謙遜は日本の美徳だと信じて疑っていない私でも、こういうのはちょっと行き過ぎって思ったりします。



さらにどうでもいいけど、いま間違って途中まで書いてた日記消しちゃったけど
はてなのバックアップ機能のおかげで全回復したよ!!!ありがとーーーー!!(泣)